教育改革2020

どうする・どうなる!?2020年。保護者視点で分析する教育改革。調べてわかったことを中心にまとめています。

モノづくりの民主化は起こるか

 フリー《無料》からお金を生み出す「フリーミアム」モデルの提唱者として時の人となったクリス・アンダーソンが『MAKERS―21世紀の産業革命が始まる』を書いたのは、2012年のことでした。

 

メイカーたちの現在 

ウェブ世代が現実世界と交わる。世界中のガレージがオンライン化する。3Dプリンタなどを使ったデジタル製造の波が「第三の産業革命」を引き起こす。そんな未来がすぐに実現すると彼は考えました。

 それから6年。少しずつですが彼のイメージした未来は訪れつつあります。3Dプリンタやカッティンングマシンはずいぶん安くなりました。人の多く集まるエリアにはファブラボができ、モノづくりを楽しむ人々が交流をしています。そして、 Maker Faire は年々規模を拡大しているのはこちらの記事にも書いた通りです。

kyoiku.chichioya.jp

 

 しかし、上記記事を公開したときのSNSでの反応をみていても感じたのですが、どこかまだ、「都会の人たちのじゃれあい」「意識の高い人々の空回り」といった冷ややかなまなざしを向けられているのもたしかです。製造(モノづくり)は資本家だけのものではなくなった。けれども、民主化と呼ぶにはまだ程遠い。が今現在の正当な評価ではないかと思います。

 

ゲーム界の大物が降臨

 そんな状況にある2018年春。予想外の方向から殴り込みをかけてくる大型プレイヤーが登場しました。任天堂です。

 

www.nintendo.co.jp

つくる、あそぶ、わかる、『Nintendo Labo』の一連の体験は、段ボール製の工作キットを組み立て、「ピアノ」や「つりざお」「バイク」「ロボット」など「Toy-Con(トイコン)」と呼ばれるコントローラーを自分の手でつくるところから始まります。

工作とビデオゲームが融合し、Nintendo Laboの「Toy-Con(トイコン)」とNintendo Switchの「Joy-Con(ジョイコン)」が共鳴し合うことで生まれる新しいあそびにご期待ください

www.youtube.com

 

 もうね、ワクワクしかない!

 ダンボールですよ、ダンボール! キング・オブ・廃材のダンボールを最新ゲーム機の Nintendo Switch と融合させてしまおうという…すごいというよりも、邪悪。モノづくり教育の潮流を気にかけながらも二の足を踏んでいた全国の親御さんの心にダイレクトプラグインする素材を全力でぶっこんできました。

 強い素材と言っても紙だからね。遊んでいるうちに傷むよね。壊れるよね。うん、それがどうした? ちゃんと中身がわかるようになっているよね、機構の部分だって丸見えだ。特別な素材は必要ないよ。ハサミとテープとダンボール、それから、輪ゴムさえあればいい。YOU、自分でつくっちゃいなYO!と子どものほうまで、煽る煽る。

 極めつきには、ダンボール工作方面では刺さらないかもしれない層のハートをもガッチリとキャッチする「デコるセット(マスキングテープ・ステンシルシート・シール)」を同時発売。優勝です。

 

「作ることで学ぶ」をより身近に

 後にMITメディアラボとなるMIT建築機械グループ認識学習研究班を創設したシーモア・パパート教授は、生前、心理学者ジャン・ピアジェの構成主義をベースに構築主義(コンストラクショニズム)という学習法を考案しました。

 手と頭は連携を取り、相互にやり取りをしながら、新しい知識を構築していく。単に、頭だけで考えていても、新しい知識は構築できない、「何かをつくることで学ぶ」という考え方で、今や世界中のIT教育や科学分野の研究などに取り入れられています。人は「モノを使って考える」あるいは「手を動かして考える」ときにこそ、創造的なエネルギー、創造的な思考、モノの見方が引き出されるという理論。そう、子どもたちの遊び=学び、そのものなのです!

 このところ、どこかヴァーチャルな世界、コンピュータの中に閉じた世界に傾倒しがちだったこの分野での遊び=学びを、一気に現実の泥臭いアナログ工作世界に引き戻し、原初的なハンズオン(体験学習)に立ち返らせてくれる『Nintendo Labo』。それは同時に、ゲーム機というみんなが身近に感じている遊び道具と融合させることで、よく言えば高尚な、悪く言えばどこか高慢ちきにも感じる、STEM / STEAM教育の裾野を一気に広げるきっかけとなる、個人的にはそう捉えました。革命が実現する可能性を大いに感じます。

 正直、任天堂がそこまでのメッセージを込めて『Nintendo Labo』リリースしたとは思っていません。より深く、より楽しく遊び尽くすためには、という、世界的玩具メーカーとしての矜持を突き詰めた結果として、副産物的にもたらされる/もたらされたインパクトなんじゃないかと想像します。子どもはいつだって大人の思惑とは別に楽しみを見つけて遊び倒すことのできる存在。そうした可能性のゆらぎをもって、今回の『Nintendo Labo』を受け止めて、開発者でさえも思いつかなかったようなモノづくりを通した遊び=学びの世界が立ち上がっていってくれることを願っています。